山の日に日本を発って、ひとりでヨルダンに住む友人を訪ねている。

ひとりで訪ねただけであって、こちらに着いてからは彼女が全てアテンドしてくれているので、私はひとり旅らしいことはなにもしていない。

していない。

確かにそうかもしれない、でももっと的確に言えば

もう私にひとり旅はできない。

彼女と時間を共にして、すぐに気づいた。

旅とは男性性そのものだ。ここに行きたいあれを見たい、その欲望を形にする。

タクシーであそこのバス停まで行って、何時のバスに乗れば、閉園時間までに何時間あるから十分に楽しめる。

今の私には、ここまでできない。

ましてや、ヨルダンという異国異文化の中での交渉はタフだ。タイムテーブルを確認する、値段を交渉する、己の正当性を訴える、そのすべてを引き分けに以上に持ち込む粘り強さ。

今の私には、到底できない。

そこで次に気づいたのは、今の自分はほんのすこし前の自分と180度違うということ。

以前の私にもそのタフさはあった。大まかながらも自分の欲望を形にしようと頭を捻ったし、なんとかしてそれを達成しようもタフに行動した。交渉だって自ら持ちかけて、舐められないように、負けないように必死だった。

そして、そんな私が常に携えていたものがある。

怒りだ。

誤解の無いように言うと、私の友人が私のように怒りを携えて異文化の中でタフに交渉している訳ではない。彼女はどちらかというと、ケ・セラ・セラだ。彼女が携えるのは引き分け以上に持ち込むスキル、私とは格が違う。

私は、怒りをエンジンにしなければ、ひとりで異文化の中を歩けなかったのだ。

怒りの表裏は、恐れだ。

怖くて怖くて足が竦む女性性を、怒りという男性性に守らせて、己を奮い立たせていた。

カモにされればドアを蹴ってでも主張し、舐められれば言語構わずまくし立てて、相手の魂胆が透けた瞬間に敵意を露わにした。私にとって正当性のない行動をとる輩はすべて敵だった。

そして恥ずかしいことに、私はそれをひとり旅のスキルだと思っていた。

今の私には、怖さもなければ怒りもない。

ただ、なるようにしかならないと思っている。それが損なのか得なのかもわからず気にもせず、最善なんてものも欠片も尽くさず、ただただ、身を任せている。

なんて言えば聞こえがいいが、ただ友人に頼り切っているだけである笑。もうちょっと耳障り良く言えば、彼女に全幅の信頼をおいている。私に彼女以上のことなんて出来る訳がないのだから、そうすることがつまりは最善策なのだ。

今私は、かつて少し齧っていたアラビア語も、英語も、使おうとしていない。日本語で話しかけて、ニコニコしながら相槌をうって、日本語でお礼を言ってお辞儀をする。そんな態度がどれだけ舐められるかもわかってる。日本人女性が旅行中にいかにも日本人女性らしく振舞うことは、異国異文化の中では不利なことのほうが多いだろう。

でも、甘んじて受け入れればいいじゃないか。だって私は日本人女性旅行者なんだもの。他の何者にもなれやしない。背伸びをして旅慣れテーラー©︎とんねるずタカさんを気取ったところで、ボロは出る。だったら、舐められても全力で助けを求めたい。

そんな私にも、きっと世界は優しいだろう。

緊張して遅れるだろうと踏んでいた生理がこの旅行真っ最中に来るんだから、よっぽど気が緩んでいるらしい。私は女性だよ、と体から言われているようなものだ。緊張なんて真っ平御免よ、と言わんばかりに。

女子ひとり旅、それは私にとって男性性を鍛える機会だった。女性性のみ感覚でしか生きてこなかった私が、ひとりで異国異文化に身を置いたあの日々は、男勝りに磨きをかける訓練だったのだ。

やっとの思いで両極を得た私には、中庸を得る機会が待っているのだろう。

次は、どんな時でも私を守ってくれる旦那様と旅に出たい、ふたりで一緒に。

私をつくるもの