大義名分〜私の髪は誰のもの〜 seane2

 昨年の秋に初めてお願いしてから、彼に髪を切ってもらうのはこれで2回目。庭様は巷ではちょっとした有名美容師さんだ。捉え方は人それぞれだと思うけど、私は彼のことをある種の魔法使いだと思っている。確かな技術と知識、経験値が、彼に見えないものを見る感性を与えているんだと思う。彼の元を訪れる人の大半は、何かしらの”発掘”を求めている。「誰も知らない己の魅力を引き出してくれる」それが彼に期待されるものであり、彼がお客様に提供している”見えないもの”だろう。ダイヤの原石をひょいと取り出し、あれよあれよという間にカッティングを施す。一見個性的というか派手というか、男臭そうな外見とは裏腹に、その手は柔らかな曲線から成るいたって可愛らしい女性的な手だ。そんな魔法の手を持つ美容師、中庭さん。

そんな庭様に施術してもらいながら、思わず昔話をしていた。実を言えばその時はショートカットにしてしまいたかった。長髪を美しく纏う女性ではなく、短髪で己の顔すべてを世に晒す男性になりたい、そんな気分。でも切りたくなかった、ここまで伸ばすのに1年半かかった。渡馬してから切らずに半年、帰国してからゴワつきと切れ毛と格闘し、ようやくシックリくるシャンプーを見つけるまで1年、新しい美容師さんを求めているところに庭様の投稿が目に止まり、彼に伸ばしていた前髪をバッサリ眉上に切ってもらって、メンテナンスに訪れたこの日でちょうど1年半。バッサリとあっさり捨てるにはあまりに惜しいロングヘアに仕上がっていた。ふむふむと昔話を聞いていた、ショートカット時代の私を知らない庭様が訊ねる。

「りえちゃんはどうしたら、このロングをショートにしていいと思うの?」

「うーん、結婚式とか、なんかイベントを終えた後かな。」

「あー、りえちゃんはロングでいるのに大義名分が必要なんだねー。」

 大 義 名 分 

その言葉があまりにしっくりくるもんだから、激しく同意してしまった。そう、私は何か”理由”がないと髪を伸ばしてこなかった。私にとって髪を伸ばすことは苦労でしかない。私の場合、幼い頃は耳を出した段のあるショートだったから、髪を伸ばすとなるとまずある程度長さを揃えるところから始まる。ショート→ボブ→肩越え、ここに来るまでに大抵諦めてしまいたくなるし、実際幾度となく挫折してきた。ロングの子が「ショートにしちゃった〜」と言って見せてくる、ある程度長さの揃っているボブとは訳が違うのだ。私はロングヘアの子がイメチェン程度にしてくるショートカットが嫌いだ。「それショートじゃなくてボブだよね、またすぐ伸ばせるやつ。」とでも言いたくなるくらい、ショートカットからロングヘアにする、というのは私にとって大変なことなのだ。それはまさに”大義名分”。よく韓国時代劇で「殿下、この国は何よりも大義名分を重んじております。」ってよく言ってる、あれだ。まさに、行動を裏付けるご立派で仰々しい理由が要るのだ、成人式だとか卒業式のような。

「はて、ではどうして今髪を伸ばしてるんだっけ。」

そんなことが頭をよぎったら、BGMに聞き覚えのあるイントロが流れた。なんだろう、知ってる、なんだっけ????あからさまに何かを探っている表情をしてしまいながら、次の瞬間記憶がブワッと蘇ってきて笑ってしまった。

smooth operator だ。大学4年の頃に、所属していたダンスサークルの新人発表会に混じってPunkingのプログラムを躍らせてもらった時の曲だ。3年間Girl’s Hiphopを踊ってきた私や、普段他のジャンルを踊っている同期や後輩と一緒に、元会長が得意とする憧れのPunkingに挑戦した。ハットを被って、就活で使ったスーツのジャケットに白シャツ、チノパンを合わせて、新入生と同じように初心者同然で舞台に立った思い出の曲。あの頃も確か髪を伸ばしていて、梅雨に差し掛かって湿気が多い中、伸ばしかけのショートカットがどうにもこうにもまとまらなくて大変だったんだよね。

またそんな昔話をしている間に、庭様の魔法は着々と完成に近づいていた。ドライヤーの手ほどきを受けながら、私の長髪は、より一層捨てるに惜しい美しさに仕上がっていった。

〜つづく〜

Kiss, Hug and Smile.

ミーハー偏屈オンナによる素直な文章、いかが?

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